胃の痛みは危険?緊急性の判断ポイント解説
胃の痛みが教えてくれる体からの警告サイン
胃の痛みは誰もが一度は経験したことがある症状です。多くの場合は一時的なものですが、時に命に関わる重大な疾患のサインであることもあります。私たち消化器内科医が日々診療で出会う患者さんの多くは「この胃の痛み、様子を見ていいのだろうか」という不安を抱えています。
胃痛は単に胃の問題だけでなく、食道、すい臓、胆嚢、さらには心臓や大動脈など、さまざまな臓器の異常によって引き起こされることがあるのです。
この記事では、消化器内科・内視鏡専門医の立場から、胃の痛みが危険なサインとなるケースと、すぐに病院を受診すべき状況について解説します。
胃の痛みの種類とメカニズム
胃の痛みといっても、その性質や発生メカニズムはさまざまです。痛みの種類を理解することが、危険性を判断する第一歩となります。
胃痛は大きく分けて「内臓痛」「体性痛」「放散痛(関連痛)」の3つに分類されます。それぞれの特徴を知ることで、緊急性の判断に役立てることができるのです。
内臓痛 - 鈍く、場所が特定しにくい痛み
内臓痛は、胃や腸などの内臓から発生する痛みです。特徴としては、痛みの場所が漠然としていて、「みぞおちあたりが痛い」というように、はっきりと指し示すことが難しいことが挙げられます。
シクシクとした鈍い痛みや、焼けるような熱い感覚(灼熱感)を伴うことが多く、痛みに波があるのも特徴です。吐き気や嘔吐、発汗、顔面蒼白などの自律神経症状を伴うこともあります。
胃炎や胃潰瘍の初期段階では、このような内臓痛として現れることが多いです。
体性痛 - 鋭く、場所が特定できる痛み
体性痛は腹膜(おなかの内側を覆う膜)の刺激や炎症によって生じる痛みです。刺すように鋭く、持続的な痛みが特徴で、痛む場所を指で正確に指し示すことができます。
キリキリした鋭い痛みやズキズキとした痛みと表現されることが多く、急性腹症に多くみられます。緊急手術が必要となる可能性が高い痛みのタイプです。
胃潰瘍が穿孔(胃に穴が開く状態)した場合や、虫垂炎(盲腸)が進行した場合などに現れます。
放散痛 - 離れた場所に感じる痛み
放散痛(関連痛)は、実際に異常がある臓器とは別の場所に痛みを感じる現象です。例えば、胆嚢の問題で右肩が痛んだり、心筋梗塞で左腕が痛んだりすることがあります。
じんじんとした痛みや触るだけでひりひりする痛みと表現されることが多く、痛みの位置が明確であることが特徴です。
このような痛みの種類に加えて、発症のスピードも重要な判断材料となります。突然の激痛は、穿孔や閉塞などの緊急性の高い状態を示唆していることがあります。
胃の痛みで緊急受診が必要なケース
では、どのような胃の痛みの場合に緊急受診が必要なのでしょうか。以下のような症状がある場合は、迷わず医療機関を受診してください。
突然の激しい腹痛
これまで経験したことがないような激しい痛みが突然現れた場合は要注意です。特に、数分から数時間で急激に悪化する痛みは、消化管穿孔や急性膵炎、腸閉塞などの緊急性の高い疾患の可能性があります。
胃潰瘍や十二指腸潰瘍が穿孔すると、腹部全体に広がる激しい痛みを引き起こします。この場合、腹膜炎を併発し、緊急手術が必要になることがあります。
急性膵炎では、みぞおちから左上腹部にかけての激痛が特徴で、背中に放散する痛みを伴うことがあります。重症化すると命に関わる危険な状態になることもあるのです。
痛みと共に現れる危険なサイン
胃の痛みに加えて、以下のような症状が現れた場合は緊急性が高いと考えられます:
- 冷や汗を伴う強い痛み
- 顔面蒼白、意識がもうろうとする
- 呼吸が早くなる、息苦しさを感じる
- 38℃以上の高熱
- 吐血や下血(黒い便)
- 腹部が板のように硬くなる
- 腹部を押すと強い痛みがある(腹膜刺激症状)
特に、吐血や黒い便(下血)は消化管出血を示す重要なサインです。胃潰瘍や十二指腸潰瘍からの出血、胃がんなどが原因となることがあります。出血量が多いと貧血やショック状態に陥る危険性があるため、すぐに救急受診が必要です。
腹部が板のように硬くなる「筋性防御」や、腹部を押して急に手を離した時に痛みが増す「反跳痛」は腹膜炎の可能性を示唆します。これらの症状がある場合は、緊急手術が必要になることもあります。
高齢者や基礎疾患がある方の胃痛
高齢者や糖尿病、心疾患、免疫抑制状態などの基礎疾患がある方は、症状が典型的に現れないことがあります。軽度の不快感や違和感だけで重篤な疾患が潜んでいることもあるため、普段と異なる胃部不快感があれば早めに受診することをお勧めします。
特に糖尿病患者さんは神経障害により痛みを感じにくくなっていることがあり、重症化してから発見されるケースもあります。
胃の痛みを引き起こす主な疾患
胃の痛みの原因となる疾患は多岐にわたります。ここでは、主な疾患について解説します。
消化器系の疾患
胃の痛みといえば、まず思い浮かぶのが消化器系の疾患でしょう。代表的なものには以下があります:
急性胃炎・慢性胃炎
急性胃炎は、アルコールの過剰摂取、刺激物の摂取、ストレス、薬剤(特に非ステロイド性抗炎症薬)などによって引き起こされます。みぞおちの痛みや不快感、吐き気、嘔吐などの症状が現れますが、通常は数日で改善します。
慢性胃炎は、ピロリ菌感染や自己免疫疾患などが原因で、長期間にわたって胃粘膜に炎症が続く状態です。症状は軽度であることが多く、みぞおちの不快感や膨満感などが主な症状です。
胃潰瘍・十二指腸潰瘍
胃や十二指腸の粘膜に傷ができる状態です。ピロリ菌感染や非ステロイド性抗炎症薬の使用が主な原因です。空腹時や夜間に痛みが強くなることが特徴で、食事をすると一時的に痛みが和らぐことがあります。
潰瘍が深くなると、突然の激痛や出血、穿孔といった合併症を引き起こすことがあります。特に穿孔は緊急手術が必要な状態です。
胆石症・胆嚢炎
胆嚢に石ができる胆石症では、右上腹部から背中にかけての強い痛みが特徴です。特に脂っこい食事の後に痛みが出ることが多く、数時間続いた後に自然に治まることもあります。
胆石が胆嚢管や総胆管に詰まると、胆嚢炎や胆管炎を引き起こし、高熱や黄疸を伴うことがあります。この場合は緊急処置が必要になることもあります。
急性膵炎
膵臓に急性の炎症が起こる状態で、みぞおちから左上腹部にかけての激痛が特徴です。痛みは背中に放散することが多く、嘔吐を伴うこともあります。
アルコールの過剰摂取や胆石が主な原因です。重症化すると致命的になることもあるため、早期の治療が重要です。
消化器以外の疾患
胃の痛みと思われる症状が、実は消化器以外の臓器の問題であることもあります。
狭心症・心筋梗塞
心臓の血管が狭くなったり詰まったりする疾患ですが、胸痛だけでなく、みぞおちの痛みとして現れることもあります。特に高齢者や糖尿病患者では、典型的な胸痛がなく、胃部不快感のみを訴えることがあるので注意が必要です。
左肩や左腕への放散痛、冷や汗、息切れなどを伴う場合は、心臓の問題を疑う必要があります。
大動脈解離・大動脈瘤破裂
大動脈の壁が裂けたり、瘤(こぶ)が破裂したりする命に関わる緊急疾患です。突然の激痛が特徴で、「背中を刀で刺されたような痛み」と表現されることもあります。
高血圧の方や高齢者に多く、痛みの場所が移動することもあります。意識障害やショック状態を伴うこともあり、緊急手術が必要になります。
胃の痛みの診断方法
胃の痛みの原因を特定するためには、適切な診断が重要です。診断は通常、以下のステップで進められます。
問診 - 痛みの特徴を詳しく伝える
診断の第一歩は問診です。医師は以下のような点について質問します:
- いつから痛みがあるか
- 痛みの場所と性質(鋭い痛み、鈍い痛みなど)
- 痛みの強さと持続時間
- 食事との関連性
- 痛みを和らげる・悪化させる要因
- 随伴症状(吐き気、嘔吐、発熱など)
- 既往歴や服用中の薬
これらの情報は診断の重要な手がかりとなります。例えば、食後に痛みが増す場合は胃炎や胆石症、空腹時に痛む場合は十二指腸潰瘍の可能性が考えられます。
痛みの場所も重要な情報です。みぞおちの痛みは胃や十二指腸の問題、右上腹部の痛みは胆嚢の問題、左上腹部の痛みは膵臓や脾臓の問題を示唆することがあります。
身体診察
問診の後、医師は腹部の視診、触診、聴診、打診を行います。腹部の膨満や変色、圧痛の有無、腸音の異常、腹膜刺激症状(筋性防御や反跳痛)などをチェックします。
特に腹膜刺激症状の有無は、緊急性の判断に重要です。これらの症状がある場合は、腹膜炎の可能性があり、緊急処置が必要になることがあります。
検査
問診と身体診察の結果に基づいて、必要な検査が行われます。一般的な検査には以下があります:
- 血液検査:炎症マーカー(白血球数、CRPなど)、肝機能、膵酵素、腎機能などをチェック
- 尿検査:尿路感染症や腎臓の問題を調べる
- 画像検査:腹部エコー、CT、MRIなどで内臓の状態を確認
- 内視鏡検査(胃カメラ):胃や十二指腸の粘膜を直接観察
- 心電図:心臓の問題を調べる
特に内視鏡検査は、胃や十二指腸の炎症、潰瘍、腫瘍などを直接観察できる重要な検査です。必要に応じて組織検査(生検)も同時に行うことができます。
当院では、日本内視鏡学会認定の内視鏡専門医による胃カメラ検査を行っています。鎮静剤(麻酔)を用いた無痛内視鏡検査も可能ですので、検査への不安や恐怖心がある方も安心して受けていただけます。
胃の痛みの対処法と予防
胃の痛みの対処法は、原因となる疾患によって異なります。ここでは、一般的な対処法と予防法について解説します。
医療機関を受診するまでの応急処置
胃の痛みを感じたら、まずは以下のような応急処置を行いましょう:
- 安静にする:横になって休む
- 水分を少量ずつ摂る:脱水を防ぐため
- 温かいタオルを腹部に当てる:血行を促進し、痛みを和らげることがある
- 刺激物(アルコール、カフェイン、辛い食べ物など)を避ける
ただし、これらはあくまで一時的な対処法です。痛みが強い場合や、前述した危険なサインがある場合は、すぐに医療機関を受診してください。
また、自己判断で市販の鎮痛薬(特に非ステロイド性抗炎症薬)を服用することは避けましょう。これらの薬は胃粘膜を傷つけ、症状を悪化させることがあります。
生活習慣の改善
胃の痛みを予防するためには、以下のような生活習慣の改善が効果的です:
- 規則正しい食生活:一日三食、決まった時間に食べる
- よく噛んでゆっくり食べる:消化を助ける
- 過食を避ける:胃に負担をかけない
- 刺激物(アルコール、カフェイン、辛い食べ物など)を控える
- 喫煙を避ける:胃粘膜を傷つける
- ストレス管理:ストレスは胃酸分泌を増加させる
- 適度な運動:血行を促進し、消化を助ける
- 十分な睡眠:体の回復を促す
特に食生活の改善は重要です。暴飲暴食や不規則な食事は胃に大きな負担をかけます。また、ストレスも胃酸の過剰分泌を促し、胃の不調を引き起こすことがあります。
ストレスを感じたとき、あなたはどう対処していますか?
適切なストレス管理法を見つけることも、胃の健康を守るために重要です。
まとめ:胃の痛みと上手に付き合うために
胃の痛みは、軽度の胃炎から命に関わる緊急疾患まで、さまざまな原因で起こります。痛みの性質や随伴症状を観察し、危険なサインがある場合は迷わず医療機関を受診することが重要です。
特に注意が必要なのは、突然の激痛、冷や汗を伴う痛み、吐血や黒い便、腹部の硬直などの症状です。これらの症状がある場合は、緊急性の高い疾患の可能性があります。
日常生活では、規則正しい食生活、適度な運動、ストレス管理などを心がけ、胃の健康を維持しましょう。また、定期的な健康診断や内視鏡検査を受けることで、早期発見・早期治療につなげることができます。
胃の痛みは体からの重要なメッセージです。そのサインを見逃さず、適切に対応することが、健康な生活を送るための鍵となります。
当院では、胃の痛みをはじめとする消化器症状でお悩みの方に、最新の医療設備と専門的知識を持った医師による診療を提供しています。お気軽に大阪消化器内科・内視鏡クリニック 難波院までご相談ください。
著者情報
理事長 石川 嶺
経歴
近畿大学医学部医学科卒業 |
和歌山県立医科大学臨床研修センター |
名古屋セントラル病院(旧JR東海病院)消化器内科 |
近畿大学病院 消化器内科医局 |
石川消化器内科内視鏡クリニック開院 |